時として人は、自分の信じるもののために本当に見なければならないところに蓋をしてしまうことがあります。
特に、その信じているものに対しての期間が長ければ長いほどそうなる傾向があります。
健康の世界にはよくあることです。
○●健康法をやっている、○●体操をやっている、などなど。でも、実際、事実として身体に起きていることは痛い・重いところが慢性的にある・・・
そういう方が治療に来ることもあります。今、自分が健康の為に何をやっていてそれがいかに正しいのか?を力説される方もいます。
「じゃあ、何で痛いの?」
ということになります。
私は、誰が何を信じ、何を実行するかなどは人の勝手ですので興味はありません。
信じている○●健康法をやっているという事実、今慢性的に痛いところがあるというもう一つの事実。
痛いのであれば、それを不都合と感じているのであれば、今やっている事に何らかの問題があるか?何かが足りない可能性が高いのです。
それを見向きもしないのは非常に危険な思考です。
信じているのでれば、それが正しいと思っているのであれば私のところに来る必要などないはずです。
不都合を感じている場合は、その人の思考の尺度を変える必要があります。その一方で思考の尺度を変えずに不都合だけを変えようという事は虫が良すぎるというものです。
事実認識力は健康と直結しています。
情報提供:体軸法 渋谷鍼灸理学治療室 森田敦史