防御姿勢をどう考えるか?

森田敦史です。

どう考えるか?という視点での記事ですので、まとまっていません(苦笑)

腸の具合が悪い、という一つの出来事をとって考えてみます。私自身が腸の病気だったので説明しやすいということからですが、腸に限った話ではありませんので、自分自身の不具合箇所に置き換えて考えてみるとわかりやすいかもしれません。

腸の具合が悪い場合に考えられる原因は一般的には、腸に何等かの明らかな病変(腫瘍・潰瘍など)があるという可能性が一つ、何等かの病変がなくとも機能的な問題がある(腸の動きなど)、どちらにせよ、腸の具合が悪く症状として顕在化されると、ほぼ例外なく腹部の防御姿勢を取るというのが人間という動物の本能です。

一般的にはここまでですが、もう少し掘り下げてみると、人間の防御姿勢は腸が悪いということだけが原因でなるのかどうなのか?100%腸の不具合だけで防御姿勢を取っているのか?というところです。始まりは腸の不具合からでも、期間が経過し、様々な要素(後述)が複雑に絡み合い、自分自身の何等かの本質的な課題と結びついてしまった場合に、事はややこしくなるというところです。

平たく言えば、腸以外の何等かの要因によって防御姿勢をとっていたのかもしれない、ということを可能性はないでしょうか?

強いお腹の痛みでも防御姿勢を取らない方もおり、さほどでもない痛みでも防御姿勢を取る方がいる、という厳然たる事実を考慮すると、単純に防御姿勢というのは不可抗力な動物の本能だと断じることは難しいと考えられます。この辺は、痛みへの耐性、つまり閾値という考え方も出来ますが、この閾値も絶対値ではありません。

では、何が絡んでいるのか?

特に不具合が慢性化すればするほどに、腸の不具合と、防御姿勢は相互に関連し合い、腸の不具合を改善しても防御姿勢は改善されない確率は高くなります。つまり、腸は大丈夫なのに防御は解かれていないといういっけん奇妙な現象が起きてしまいます。

重要なのは、慢性的に積み重ねてしまった無意識的な防御姿勢、というか防御動作と言った方が正確ですが、それが身体にインプットされて解除できなくなっていることです。そういった防御動作自体が可逆的に腸へ悪影響を及ぼす潜在要因になっているかどうかを考える必要があります。

また、防御姿勢が解除できない場合、その理由に本質的な問題・課題が存在し、何等かの社会背景・生活環境などが深く関係してしまっている可能性も探らねばなりません。

簡単に言えば自分自身の成熟しきれていない心的要因によって、対処が困難な現象が起きたときに自分自身の身を守る、つまり防御動作をとってしまうということになり、それが解除できないということが結果的に未来の様々な不調を引き起こす要因となると考えられます。

少しまとめると、腸が悪いから防御姿勢を取る、だから腸を治せば防御姿勢が解除される、という単純な図式では説明できないことも多々あり、特に現代人が抱える不調においてはその傾向は強く出ています。腸が悪いから防御姿勢をとるというのは表向き、その裏には防御動作の無意識的な修得や、その人自身の本質的な課題が多分に存在しているということです。

こういった事が複雑に絡みあって難治化していく事を忘れてはならないと考えます。

ちなみに人間は動物として危機を感じると防御姿勢になり、その危機とは例えば怪我や不調自体、精神的ストレスなどがあります。危機を感じなくとも、偶然に防御姿勢と同じ類の動きを修得してしまうこともあります。

そういった場合に、ほとんど等しく共通した動き方をするのが人間という動物です。

それが私達の言う普遍的な課題というやつですが、詳しく以前のどこかの記事を参考にしてください。

こういった複雑化した例を一つ、

「Aさんは幼少期から人に溶け込むのが苦手、小学校の時はそれでも何とか出来ていたが、中学に入り多感な時期になると周囲と適応したり、また上下関係などに適応することが出来なくなり、無意識的に防御動作を取るようになる。行き場のない緊張の対処策として暴飲暴食を採用。毎日、激辛菓子や氷を夜な夜な食べる。一定期間を経て胃や腸などの身体に不調が起こる。病院に入院加療することによって症状はとりあえず消失、しかし本質的な問題や防御動作は未解決。その頃撮った写真のほとんどは腕がお腹を隠すように映っている。その後、高校に入ってからは、症状がなくとも人間関係をスムーズにするためにあえて痛いような動きや仕草を多用し(防御姿勢の類)、時として周囲の関心を集めるため、かまって欲しいために不調を演技するようにもなる。そういった動きや行動がある一定ラインを超えると暴飲暴食も始まり、再び再発する、入院加療で症状が改善しても、また同じ繰り返し。」

これは結局、原因には何らアプローチしていない典型例です。

Aさんには承諾を戴く必要はありません。つまり、これが昔の私自身です。他にも典型例はやまほどありますがプライバシーがありますので公開できません。

人間は不調が長引けば長引くほどにこういった背景が複雑に絡んでいるものです。

この場合、原因は人間関係、それが出来ないことによる防御動作。(プラス暴飲暴食)

しかし、前者はそう簡単には治りません。出来るのは後者、つまり防御姿勢のコントロールであり、修得してしまった動きの癖の修正や、自分の課題と動きの相関をシャットダウンするという作業の方が簡単です。そこを入口に前者は少しずつ改善していけばよいと考えた次第です。ちなみに暴飲暴食は動きのコントロールが出来るようになると治りますが、これに関してははいずれ。

防御姿勢と一言で言っても、単純なものから複雑化したものまで様々です。複雑化したものも雛型はなく、人それぞれ違います。ただし、やるべきことは共通です。どんな本質的課題であれ、とってしまう動きに普遍性があるからです。

結局何が言いたいか、人間はそう単純ではなく、そうかと言って複雑な事ばかりでもなく、つまりよくわからない生き物であるということです(苦笑)。こんな終わり方で申し訳ございません。