治療家が人間の体について考えるとき、その段階に応じて考える視点が変わります。
例えば、「痛み」というテーマで体を考えるとき、その痛みが取れれば一応のゴールになるわけですので、痛みの原因を処理することを考えます。
一方では、「痛まない体」について考えるとき、その痛みを引き起こす原因となっている状態の、さらにその原因を考える必要があります。
もっと言えば、痛みの原因の、さらなる原因の原因を考えることも治療家の求める段階によって必要になってきます。
例えば、腰痛の原因を骨盤の歪みであるとすると、骨盤の歪みを治せば痛みは取れることになります。
痛みというキーワードで考えるならば、この時点で一応のゴールとなります。
もう一段階掘り下げると、痛みの原因である骨盤の歪みを引き起こしている原因、例えばこれを姿勢とするならば、その姿勢にならないような治療ないし指導をしなければなりません。
さらにもう一段階掘り下げると、その姿勢の原因になっている原因、例えばこれが動作の癖だとすると、その動作の癖も改善しなければなりません。
まだ一段階掘り下げると、その動作の癖が出来てしまう原因、例えばこれを身体意識だとすると、身体意識を変えなければなりません。
まだまだ行くと、その身体意識になってしまう原因、例えばこれをその方の性格の特性だとすると、その方の性格の特性も変えなければなりません。
さらにしつこく行くと、その性格の特性の原因、例えばこれが今までの人生経験による価値観からくるものだとすると、その方の価値観にもアプローチする必要があります。
さらに・・・といく事も出来ますが、この辺で収めておきます。
まとめると
- 腰痛という痛み
- 腰痛の原因の骨盤の歪み
- 骨盤の歪みの原因である姿勢
- 姿勢の原因である動作の癖
- 動作の癖の原因である身体意識
- 身体意識の原因である性格の特性
- 性格の特性の原因である価値観
つまり、求める人によっては、腰痛という存在に対して、価値観まで診ることになります。
同時に、これはクライアントがどこまで求めているのか?という問題もあります。
ほとんどの治療においては、痛みが取れ、痛みのない期間がある一定期間持続することを求めていると考えられます。
これはニーズですね。
私の場合、性格上、7の価値観ないしそれ以上まで求める癖があります。大体において、その辺まで求めると身体に不思議はなくなります。
これは以前にもお話した整合性の問題で、本人が整合性がつけばそれはそれでいいのではないかと思います。
情報提供:渋谷鍼灸理学治療室 体軸法 渋谷