安心と安全
安全は安心の上に成り立つと私は考えています。
安全というのは、一応の決められた基準を満たしていることが安全が危険かを判断する要素です。比較的数値化や明文化しやすいかなと思います。
身体で言えば、どこそこの筋肉の状態がどうだと良いのか?、体勢がどうとか姿勢がどうとか?テクニカルな意味合いが強いです。食品で言えば、正しいかどうかは別としてセシウムが○●ベクレル以下というようなものです。
しかし、安心というのは別物です。
なぜなら、安心は、その人が安心だと感じない限り、安心にはならないからです。
いくら基準以下でも、条件を満たしていても、その人が安心だと思わない限り、安心にはなりません。
安心は、主観的な色合いが強いです。という事を言いたいだけです。
私は治療の時に、よく“心ー動ー身”の話をします。*慢性的な不調体質の場合。
これは、なぜ今のあなたがそこにあるのか?
あなたの不調は決して、不可解な、原因不明な、奇病ではないという事、過去の積み重ねによって、当たり前のように結果として出ていることをお伝えします。
自分の今が、当たり前の結果であり、奇病ではないということを認識していただき、目指すべきビッグデザインを示します。
なぜ今があり、それを踏まえて未来をどうしていくのか?という点を明瞭にすることで、できるだけ安心が生まれやすい環境を作るということです。
その安心がある程度、基礎にあってから(安定)、条件の話、やるべき手法などを理解することができると思っています。
それでも安心できるかどうか最後は、その人次第ですが・・・
安心のうえに積み重ねると、自分の身体に対しての信頼が生まれます。ここまでくるとよほどの事がない限り、不調体質には戻りません。
ちなみ、安心の反対は、不安です。
人が不安に思うのは、身体に関しては原因がわからずに何をしたらいいかわからない時
師匠の言葉「安心は安定につながり、不安は不安定につながる」
当たり前ですけど、とても大切な考え方です。
森田愛子